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AREA JAPAN 連載第1回:
『シーンリニアワークフローとVFX』

なぜ今、シーンリニアワークフローなのか

2012年より、日本でも取り組まれるようになったシーンリニアワークフローは、ハリウッドで長年培われたノウハウが凝縮された映像制作技法です。シーンリニアワークフローを取り入れることにより、映像品質の劇的な向上と同時に、制作工数の短縮によるコスト削減が見込まれ、効率の良い高品質映像制作が実現可能になります。

シーンリニアワークフローは、その物理特性に基づく性質から、コンピュータグラフィックスと実写プレートが複雑に絡み合うVFX制作において多大な威力を発揮します。同時に、撮影、DIT、カラリスト、エディタなど多くのスペシャリストとそのワークフローに影響を及ぼす普遍性を有しています。近年、その事例として、デジタルシネマカメラ、カラーグレーディングシステム、ノンリニア編集、合成システム、CGソフトウェアへの、シーンリニア/ACES( Academy Color Encoding System )に基づいたカラーマネージメントシステムの実装が挙げられます。

映像制作におけるカラーマネージメントは、シーンリニアワークフローの土台となる要素であり、ACESはカラーマネージメントを含んだシーンリニアワークフローのフレームワークです。本連載では、シーンリニアワークフロー/ACESの概念を理解するための基礎知識を学んだ後、シーンリニアワークフローがもたらす日本の映像・VFX業界へのインパクトについて詳述します。

シーンリニアワークフローとVFX

2004年のSIGGRAPHにおけるBirds of a Featherミーティングで、” OpenEXR, Film and Color “をテーマとしたセッションが開催されました。ミーティングを主催した Industrial Light & Magic 社に所属する Florian Kainz 氏のプレゼンテーション資料” A Proposal for OpenEXR Color Management “の中では、VFX映像制作におけるOpenEXRフォーマットを用いた実践的なカラーマネージメントシステムが提案されています。

“ A Proposal for OpenEXR Color Management ” で掲載されたカラーパイプライン図
Kainz, F. Industrial Light & Magic. SIGGRAPH 2004. p3

当時のVFX映画では、フィルムスキャンデータ、ビデオカメラデータ、一眼レフのRAWデータ、そして、コンピュータグラフィックスを合成する複雑な工程に加え、上映フィルムにデジタルデータをプリントするデジタル・インターミディエイト(DI)のプロセスが必要でした。この一連のプロセスでは、撮影に用いられるフィルムカメラとビデオカメラ、表示用のビデオモニタとフィルム式プロジェクタなど、異なるメディアの色味の差異が大きな問題となります。

Kainz氏はこの問題の具体的な解決方法として、フィルムやビデオなど様々な撮影素材を、現実の撮影シーンに存在した光量を表すデジタル画像に変換することを提案しており、この現実のシーンを表すデジタル画像のことを、”Scene-referred Image” と呼んでいます*1。スキャナが読み取ったフィルムの濃度値や、ビデオテープであれば記録されたコード値を、”Scene-referred Image”に変換する工程の中で、メディア毎の特性を取り去り、統一することでVFX工程の複雑さが簡略化されます。このような “Scene-referred “を軸としたプロセスは、現在のシーンリニアワークフローと共通する基本原理を有しており、2004年当時のIndustrial Light & Magic社では、実践的に用いられたVFXカラーパイプラインでした。本連載では、現実シーンに存在した光を表すデジタル画像を”シーンリニア”、映像制作に用いる画像の色及び階調を管理するプロセスを”カラーパイプライン”と表記します。

“ THE ACADEMY COLOR ENCODING SYSTEM ”で掲載されたカラーパイプライン図
Science and Technology Council Academy of Motion Picture Arts and Science. “THE ACADEMY COLOR ENCODING SYSTEM – Idealized System” 2013. *2

このSIGGRAPHでのミーティングが一つの契機となり、映画産業における芸術と科学の発展を図る団体であるAMPAS( The Academy of Motion Picture Arts & Sciences )において、現在のACES( Academy Color Encoding System )の原型となる、アカデミー標準のファイルフォーマットを作成するプロジェクトが2004年に発足しました*3。現在のAMPASのウェブサイトに掲載されているACES導入のメリットについて要約します*4。

「シネマトグラファーは、カメラ本来の性能を損なうことなく、撮影現場で見たルックを忠実に保持しながら、ポストプロダクションでのカラーグレーディングに取り組むことができる。VFXを含めたポストプロダクションでは、全ての素材をACESに統一することで、異なるカメラ素材のマッチングが容易になり、信頼性の高いカラーパイプラインを構築できる。映像コンテンツ管理の側面からは、劇場配信、Blu-rayなど多目的に使用されるデジタルソースマスターとして大変有効であり、アーカイヴを目的とした標準ファイルフォーマットとしても最適である。」

つづいて、”Digital Cinema Initiatives, LLC”(以下、DCI)から、2005年にリリースされた”Digital Cinema System Specification v1.0 “の資料から一部を引用します。DCIは、米国ハリウッドの7大映画制作スタジオ( Disney, Paramount Pictures, Sony Pictures Entertainment, etc. )を基盤としたデジタルシネマ標準化の中心団体です。この資料では、配信フォーマット、プロジェクタ機器や上映環境の要求仕様など、画像やその表示に関する標準化について詳しく記述されています。ここではポストプロダクションで制作される、配信前のコンテンツ形式を、デジタルソースマスター(以下、DSM)と呼んでいます。その重要性から、アーカイヴの対象となるようなDSMの仕様については、コンテンツ所有者に委ねるとされています*5。

最新規格ACESのコンテンツ管理に関するメリットは、ポストプロダクションが扱うDSMのフォーマットとして大変有効です。現在、ACES環境での制作事例が増えつつある状況で、シーンリニアワークフロー/ACESで映像制作することは、VFXアーティストなど様々なスペシャリストの制作環境を向上させるだけではなく、映像コンテンツの配信や保存に関しても重要な役割を果たしているのです。

1) Kainz, F. Industrial Light & Magic. “A Proposal for OpenEXR Color Management” SIGGRAPH 2004. p1. http://www.openexr.com/OpenEXRColorManagement.pdf

2) Science and Technology Council Academy of Motion Picture Arts and Science. “THE ACADEMY COLOR ENCODING SYSTEM – Idealized System” http://www.oscars.org/science-technology/council/projects/pdf/ACESOverview.pdf

3) Maltz, A. “The Image Interchange Framework Demystified:What it is, and why it matters – A Brief History of IIF” HPA Tech Retreat 2012

4) Academy of Motion Picture Arts and Science. THE ACADEMY COLOR ENCODING SYSTEM. Website. http://www.oscars.org/science-technology/council/projects/aces.html

5) Digital Cinema Initiatives, LLC. “Digital Cinema System Specification v1.0” 2005. p8. http://www.dcimovies.com/archives/spec_v1/DCI_Digital_Cinema_System_Spec_v1.pdf